削ぎ落として削ぎ落としても広がるものは愛でした

稲穂が降り注ぐ鞍馬の山を駆け巡るペガサス

弥 榮

何度も何度も辿り着けないともがいては手放して

一人じゃ辿り着けなかった

ここまで何度も生まれ変わっているような

2026年

一瞬、一瞬を味わいながら

感情をパンパンに膨らませながらこの企画が創られてきました。

風のように本当は自由なはずだ


2025年 鞍馬寺 本殿

葉山個展・鞍馬寺リトリート・皇居勤労御奉仕4日間連続。

1日も間を挟まずパンパンのスケジュールの中で行くと決めただけで行った2025年1度目の鞍馬寺リトリート

自分の中の傲慢さ・思い込みに気づく。

そして人の生命エネルギー変容の凄まじさを目の当たりにした

愛の記録・変容の旅でした。(ご一緒した人の名も愛さん)

人は変わる。元の氣に触れる

凄い人って相手に何も言わずあるがままで

人に気付きを与える人なのかもしれません。

愛さんの存在があったから

この企画が生まれました。愛さん。ありがとう。

先日開催場所の下見で日帰り弾丸で行った2回目の鞍馬について、

どうしても伝えたいことがあってこの文章を書いています。

私は生まれて初めて信仰に触れた。

わたしが撮影をしようと階段を登り登山入口付近まで上がった時、

3世代の親子が降りてきました。

2歳くらいの子供を連れた若いお母さんとそのお母さんかな?

その女性は下山後、深く、「どうかお守りください」と声に出して祈りを捧げていました。

身軽な服装で地元の人のようでした。

私は人が声に出して祈る姿を初めてみました。

動画を撮り撮影をし結構長い時間、私がそこにいて帰ろうと振り返ると

階段の真ん中程の途中でその女性がまだ手を合わせて祈りを捧げていました。

はっきりと口に出して。

それは自分以外の人を全身全霊で祈る姿でした。

初めて信仰というものの姿を見た。

すがるのでもない。自分の内から手を合わせ、足を止め

一目も気にせずに祈る姿。

そしてそれを静かに待つお母さんと男の子の姿。

願いが叶う叶わないの次元にいない

人の祈りの姿

そうやって信仰というものは生まれ

敬いが生まれ人のエネルギーが場に氣にのこされる

願いがひとりのものなら信仰は全てに通じる祈りなのかもしれません

鞍馬寺にくると女性性のエネルギーを感じるのです。

一人の人の手を合わせる姿から鞍馬寺がどういう場所なのか

土砂降りの雨の中胸がいっぱいで涙が溢れた。

そのためだけに行ったのかもしれません。

3回目の鞍馬の旅

受け取ることも与えることも一寸の狂いもない愛の中で開きます

食と霊性

矢田 規子

✴︎

アートと霊性

KOBITO FUKAMI


開催場所:花背 車の中から

開催場所:花背

京都鞍馬寺

生きとし生けるものがみな同一線上にある

京都の鞍馬山は山自体がひとつの信仰とされている

桃源郷

鞍馬寺は世界3代シャンバラのひとつとも言われている

横たわる花は

誰かがいつも山全体を受け止めている愛の姿

悲しみも慈しみもそこに在る

流した涙は愛の種になる

煌々と湧き出る泉になる

目の前の一つの生命のなかに

無数の生命が在る

在ることの尊さをわたしは鞍馬寺から感じる

だから愛が溢れるんだ

愛だけでいられるんだ

安心してわたしを味わいきれるんだ

生命のうた 2026 KOBITO FUKAMI

2026.11.21-22 京都 鞍馬寺

新嘗祭アートリトリートを開きます

感謝と祈り

そして創造へ

11月21日-22京都鞍馬寺新嘗祭アートリトリート

https://brown116359.studio.site

2026・10・30

KOBITO FUKAMI

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